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ツナワタリマイライフ

日常ネタから技術ネタ、音楽ネタまで何でも書きます。

問題を設定できるまで考えること、そして考えることを考えた

はじめに

勉強の哲学を読んで、猛烈に考えることを考えた。ちょうどそのとき会った同期に「これ(勉強の哲学)面白いから読んで意見を聞かせて欲しい」と言ったところソッコーで読んでくれていろいろアドバイスをくれた。slack上のログをまとめたものです。

take-she12.hatenablog.com

以前は目標の呪いについて語り合ったT氏ですね。

take-she12.hatenablog.com


勉強のコンプレックス

(僕のブログに書かれている、自身が勉強が下手だという記述に対して)

T「最初に聞きたいんだけど,なんで勉強下手やと思うん?」

僕「客観的な根拠、数字はない、主観的な体感で、かけた時間の割に成果が小さいと感じる。「努力」は他者から認められることはあるけど、それがアウトプットにつながってない、アウトプットを褒められることはないから、インに対するアウト効率、すなわち勉強の得意度、が低いと認識してる。まぁ元々持った劣等感(コンプ)がそう言わせてるだけかもしれん、なかなかそいつとは離れられない。」

T「コンプレックスは拭えないものだからね.  俺も自分の指導教官の圧倒的すぎる数学力*1をみせつけられて,すごくコンプレックスを抱えたこと有るし.」

僕「コンプがあろうとなかろうと、自分がしたいことには抗えないから、共存するしかないね。」

T「俺が考える勉強ができる人っていうのは具体化と一般化ができる人で,そういうことができる人は自分で考えることを主軸にしてるからか,ものをわかったことにしない傾向があると思っていて.逆に器用貧乏な人に多いなと思うが,わかったことにしちゃう人かな.あるいは飲み会の小ネタにしか使えない段階で終わってしまうと言ってもいいかもしれない.へぇそうなんだ面白い.そういう考え方もあるかもねーで終わってしまうというか.言い方悪いかもしれないけど,(僕)もそういう傾向を感じときがあるかな.」

T「で,勉強にコンプレックスがあるんだったら,俺からのオススメは自分しか気にならない問題を提唱することだと思う.答えは最悪どうでもいいし,無理に答えを出す必要なんてないから問題を提唱することが大事だと思う.そうすると,自分らしさも出るし,自分が世界で一番詳しい問題を作れる.」

僕「そのとおりだね。問題を提唱は友人にはすることはあるけど、相手を選んでるかもしれない。あと、"問題"の認識がまだあってないかもしれない。」

わかったことをわかったことにしない。ここでいう「問題を作る」ということは、深く深く自分で考えた結果でしかできないことということに、このあと気づく。つまり問題を作れるようになることを目標にすれば今より勉強が得意になる可能性を示唆したようだ。

知りたいことと考えたいこと、勉強と研究

T「例えば,この本を読んだ後何を考えたいのかって具体的に何かあるん?」

僕「哲学という学問がわからないから知りたい」

T「それは,知りたいであって,考えたいじゃなくない?言い方を変えると,答えるの載ってる本を探そうという行為であって,自分の頭で考える行為じゃなくない?」

僕「ないね」

T「もちろん,哲学を知りたいという興味を持つ事自体はすごくいいことだと思う.」

僕「考えたいことは、言葉が伝わる、伝わらない、ということ。伝わったとは何を持って伝わったと言えるか、とか」

T「それはこの本を読んでさらに具体的な問いになったって感じ?」

僕「言葉の意味は環境によって変わるし、無限に変わり得るという方向の見方に刺激をもらっただけで、問いそのものは具体的になっていない。ヒントにはこれからなるかもしれない、という感触程度。」

T「なるほどね.問いに対する,解答の切り口を一つ得たって感じなわけか.」

僕「うん、だから伝わったり伝わらなかったりするよね、そりゃ、という納得はある。でもまだ、自分の問いには少し遠い気がしてる。」

T「ほうほう.そこを深められたらいいね.」

T「ちょっと話を戻すけど,具体的な問いを考えるっていうのは,勉強というよりは研究かもしれない.でも,頭のいい人は「勉強」と「研究」をうまく走らせられるんだよね.」

僕「勉強と研究の違い、言えない」

T「だから,この本を読んだときに「勉強」だけに偏重させてちゃうまくいかないだろって思った.」

T「Twitterでみたいいなと思った言葉は.勉強は既にあるものを自分の中に再構築すること,研究はまだ知らないものを自分が新しく作り出すこと、だったかな.」

僕「(自分にとって)まだ知らないものは、研究でも勉強でもありえてしまう?いわゆる新規性が絶対?世の中にとってか、自分にとってかで、線を引ける?」

T「俺が線を引くなら,勉強とそれ以外になると思う.勉強は本を含め答えをベースに理解する行為だと思っている。知らないものを,自分で考えるのは一種研究だと思う。他の人から成果としては認められないかもしれないけど」

僕「なるほど、行為ベースね」

T「うん」

僕「知るか、考えるか?(めっちゃ雑にいうと)」

T「そうね」

僕「どっちも好きだよ」

T「頭がいい人は,考えるための問題がうまい印象がある.話を循環させちゃったけど,(僕が)頭の良さみたいなものにコンプレックスを感じるなら,問題を作ってみてはいかがかと.」

僕「知ることはできる、考えることはできる、うまい問題を作ることができるかというと、??となるな。何だろう」

T「それは問題を作る能力だよ.鍛えるべきだと思う.」

T「俺が考えるんだったら,言葉 が全て同じ意味なら,必ず伝わるはずだ.でも伝わらないということは言葉には揺れが有る.一方でこの本は言葉自体に共通の意味,言語らしさ?みたいなものがあるとも言っていて、それは複数の環境を体験することで見えると言ってる.じゃあ.自分の気になる世界で,例えば自分の会社の中の常識,IT系の勉強会に来る意識高い系のエンジニアの常識,それらを比較して共通になる言葉や意味って何だろう?とかかな?」

僕「問題にするまで考え尽くせてないのかもね」

T「そうかもしれない.」

僕「さっきの例で言う飲み会のネタのくだりというか。面白いとまでは思うんだけど、考え尽くされた問題になるまで考えられてない。 まったく全部がそこで止まってるわけでもないと思うけど、そういうところは多いと思う。」

T「それが研究の第一歩だし,自分で深く考えるようになる第一歩だと思ってる.俺も全部をわかってるわけじゃないし,参考にできる範囲でやってくれたらって思う」

物事を知る、考える、勉強する。。。そういう行為は大きく、すでにあるものを自分が理解する(再構築する)=勉強と、知らないものを(自分で考えることによって)あらたに作り出す。そのためには自らなぜ?を繰り返して問題設定をする必要がある。

勉強と研究が説明できなかったように、両者を意識的に分けられていなかった。

僕は考えることが好きなはず。だとすれば、問題設定ができるまでに考えを尽くせていないのか?となり、そうして考えるとは何か?という闇にハマっていく。(笑)

深く考える

T「深く考えるってさ,具体的にどういう行為だと思う?」

僕「それがわからない戸惑いやぞ(笑)」

T「これに関しては(勉強の哲学で出てくる)アイロニーだと思ってて。例えば、第1段階はA→Bっていう関係を見つける、第2段階はAを含むさまざまなものとBを含むさまざまなものをの関係を見つける.それの繰り返しなのかなって思う.」

僕「それに気づけるとすっごい気持ちいいのよねぇ」

T「そうだよね.で,もちろん全然気づけないことが多い.」

僕「多い」

T「でも,そういうのを繰り返しながら第2段階にどうやって至るのかを試行錯誤するのが深く考える行為で一番大事だと思う」

僕「考えたいことを考える、ことにまだ慣れてないように思う。ご飯を食べたいように、ギターを弾きたいようにそうあれたらな」

T「慣れですぜ。1年ぐらいすれば慣れてくるよ.きっと」

僕「この1年で慣れるとする。意識的に考える時間をとりたいなとは、根拠なく思っていたんだ。」

僕「まだ、書くこと、アウトプットすることと、考えることがうまく分離できてない気がする」

T「それは俺も全然できないけど(笑)アウトプットは未来への投資だと思って作ってるかな。考えること,及び,消化することがメインだけど,いつか忘れるからその時のためにアウトプットを作るイメージ。」

僕「考えることの、考えた!ということがわかってないから混乱している」

T「なるほど.考えるはどういう行為なんだろうね.わかってしまえば簡単なものを,試行錯誤して見つける行為?迷路でゴールを見つけるようなものかな?」

僕「考えたいと思いつつ、何をすれば考えたといえるかがわかってないから、自分が考えていることに自信が持ててない」

僕「言葉にできた!(考えられてる?)」

T「考えるって言葉は曖昧だからな.結果も伴わないように使われるから考えたのかどうか判断しづらいし.」

僕「考えるって言葉は曖昧。考えるって行為は曖昧か、あるいは行為であるなら曖昧ではないか」

T「行為として明確にできてるなら曖昧じゃないかもね.」

わかってしまえば簡単なものを,試行錯誤して見つける行為? 迷路でゴールを見つけるようなものかな?

僕「これはわりと腑に落ちてる」

T「お,ありがとう.」

僕「考えることを考える」

T「メタ的ですね.こういうことを話してると会社休みたくなるよね.」

僕「会社休んで考えることを考えたいね。考えないで考えないでいる会社にいるより」

T「そうね.考えてもどうしようもなくて,こなしてる会社よりかな」

僕「話戻るけど、やっぱり書くことを通じて考えたい。補助輪みたいなもんだ。一時期より書く量減ってるので、またふやそう。」

T「うむうむ.俺は手書きとPCとホワイトボードをどう有効活用するか考えたいな.」

僕「のipad proもあるしね」

T「ホワイトボードを前にしゃべりながら解説するといろんなアイディアが降ってきて,答えが目の前にあるとそれを写経してしまって何も考えてないんだなって感じる」

僕「降って来て、それを表すのは、考えが意識的なところから離れてるだけで、考えてると言える気がするよ(また混乱)

僕「考えることを考える夜であった」

T「wwwwいいね」

おわりに

考えることを考えて会社を休みたくなった僕らであった。

思ったのは、「なぜ自分は勉強が下手だと思う?」と僕自身の発言へ問いかけるところから話をはじめるアプローチが上手だなと思いました。だって「ほんと勉強下手だよねいったいどんな勉強方法とってるんだい?」などと言われると(自分で言ってるとはいえ)「はぁ」ってなるわけで、相手に言わせるって大事だなと思いました。

主題としては「問題設定をする」(あるいは、問題設定ができるまで、考える、それも深く)ことをおすすめするよという内容だった。まぁこれでもよく「酒と食べ物の合うって何!?」とか「恋愛の好きと友情の好きに区別はない(持論)」とかよく同期氏に展開して突きあわせたりしてるんだけど(笑)もっともっと問題の数を増やしたい。

まだ具体的に「考える」こと「問題設定する」ことに対して、どうなれば達成なのか、これから僕はどう動けばいいのか、具体的には分からないけど(そもそも考えることや勉強することに終わりはないのでした)今回考えることを考えた、勉強することを考えたことは僕に大きな刺激をもたらし、実際に行動も変化しています。

いつもいつも仕事のこと、日常のこと、キャリアのこと、悩んだりするごとに真面目に、冷静に話を聞いてくれて、丁寧に言葉を届けてくれてありがとう。感謝します。

*1:彼は数学科卒で今もバリバリ数学やってる数学マンである