ツナワタリマイライフ

日常ネタから技術ネタ、音楽ネタまで何でも書きます。

来年からどうしていくかを考えた 目標の呪いからの解放

はじめに

2016年をざっくり振り返りました。

take-she12.hatenablog.com

普段からslackで適当な雑談をしている同期とお互いの振り返りと今後について話す時間があって、私のことについても話しました。その内容が良いものだったのでブログに起こします。

対談形式で!同期氏をTとします。ゴリラのアイコン探してこようかな

振り返りと今後

T「2017年どうする?2016年はやってみたいと思ったことは試して、ある程度蓄積ができてきた次は方向性を決めたいって風に感じたけど。」

僕「まさにその通り。やりたいことを目標として立てて、なんでもやってみて、やれなかったこと、やれたことそれぞれあった。興味が多すぎて、選択と集中をしていきたいと思ってる。」

take-she12.hatenablog.com

僕「やっぱり目標でいえば達成できたものだったり、自分が自然と続けることができたものだけどやっていくっていうのが精神衛生上いいのかな?」

T「どうだろうね。仕事にするなら成功できたものを続けたほうがいいだろうけど、仕事外のことだと、達成できなくてもやりたいことって自分の根源的なもののようで、簡単に捨てたくない気する。」

僕「確かにそれもそうだね。達成できない、ってなると落ち込んじゃうから、落ち込まないようにうまく自分を騙して軌道修正のチャンスと捉えればいいんだけど。」

"落ち込む"ことへの肯定

T「落ち込みたくないの?俺は落ち込むの肯定派(笑)」

僕「落ち込みたくないね。目標を立てて、実行して、できなかったら原因を分析して、再度やるっていうプロセスを取ると思うけど、できなかったら、の時点で落ち込んで次にできなくなっちゃう。目標を立てることやそれを成し遂げる精神力みたいなのが足りないと気づいた。そのへん、そのまま自分にインストールできないので、うまく自分を騙したいなと思ってる。」

T「うまくいかなかったら落ち込むの当たり前だし、落ち込んでる中でしか見えてこないものもある。落ち込みから回復したときってかなり面白いものが見えてると思うんだよね。」

僕「劇的に落ち込んで劇的に回復したみたいな経験がないのかもしれない。回復するときはじわりじわりと回復するって感じ。」

T「それは落ち込んでないのでは?(笑)あの頃*1が1番落ち込んでたんじゃないの?」

僕「どっちの挫折も落ち込んだと思うけど、そのあとはたんたんと回復したね。」

T「落ち込みに目を向けず忘れようとしてるのかもね。俺は目を向けちゃう人間だw」

僕「目は向けないね。ただ、その過程で嫌でも向き合ってるわけで、終わったあと向き合わないにしても、さっき言ってた回復後の"面白いものが見えて来る"はあると思う。」

T「答えを見出せてるのかもね。真剣にやって、うまくいかなくて落ち込むけど、うまくいかないものをやってみて自分の得意なものを自覚しつつある。」

僕「落ち込む対象と向き合ってるってことは一緒だから、肯定的に捉えてるか否定的に捉えてるかの違いだけかw」

T「肯定的っていうのは落ち込むことから逃げないっていうだけで、落ち込まないようにすることではないよ。」

僕「だとすれば肯定的に見てるのか。」

T「俺は落ち込みそうでも挑戦するよ。さっきの話だと落ち込みそうなことは避けるって言うから違うのかと思ったけど。落ち込みそうなことをやらずに軌道修正するというか。」

僕「うーんまだ言葉にできてない。。。」

目標達成できなかったときの落ち込み

僕「最初 に出てきた"落ち込みたくない"はかなりスコープが狭い、かつ、そんなに落ち込んでない。『あー、また今年もできなかったよー』みたいなレベル。(笑)」

T「それは落ち込んでるというよりは興味がなかったって感じだね。」

僕「落ち込むことを避けるとか肯定否定というより、興味があるものに対して自分が何をやるかの選別が大事なのかな。やった結果、『自分は興味なかったんだ!』って思うんじゃなくて『できなかった。。。』って思ってるような。」

T「じゃあ興味がなかったわけじゃなくて、いつかやりたかったけど、って感じなんだ。」

僕「そういうものをどう扱うか。目標の呪いですね。」

T「呪いwww」

目標の呪い

T「その目標意味あるの?目標に縛られて無駄なことしてない?みたいな。」

僕「そうそう。だいぶ前から考えてるんだけど全然解決しない。もう目標立てるのやめたほうがいいのか?ぐらい思ってる。(笑)」

T「目標は達成するものじゃなくて、自分の方針や心理を振り返るきっかけだと思ってる。」

僕「あ〜〜〜」

T「これやりたい、あれやりたいっていろいろ出てくるじゃん。会社って集団だと、ルールとしての目標が必要になってくる。それがないとみんなむちゃくちゃにやっちゃうから。」

僕「確かに集団の目標には意味があるね。個人の目標はどうなんだろう。達成したいかどうか、達成しなきゃいけないかどうかも自分で決めるから、そのへんでハマっちゃってる。」

T「自由だと思う。俺は目標達成はしなくていいと思ってる。」

僕「手段が目的になってるみたいな話か。『目的を達成することが目的と思ってた?残念!目的は自分がやりたいことを見つけたり、やったりするための一時的な指標にすぎなくて、達成したかどうかは問題じゃないの。達成してもしなくても次への方向を定めることが目的なの!』ってことなのかな???」

T「そうそう。人間はだいたい60%ぐらいで停滞するんだよ。だから150%を目標にすることで初めて90%ぐらい達成できると思う。だから、個人の目標は150%ぐらいたてて、結果的にできることが増えればいいじゃんって思ってる。」

僕「目標を利用してやれ、ぐらいでいようと思うわ。これで目標達成できなくても落ち込まない!解決!」

T「wwwいいのかwww」

僕「>>>ブログ化します<<<]

2017年どうしていくか

T「それで2017年どうするよ?どうしようかっていう部分は全然考えてないのでは」

僕「目標の呪いがとけてだいぶ満足感を得ていた(笑)あんまり挑戦的な何かは浮かんでないんだよなぁ。

  • ソフトウェアエンジニアリング<<<チームビルディング
  • カレー
  • 言葉を届けるひとになりたい

ぐらいかなぁ」

T「どれも大事な話だね。チームビルディング≒調整だし」

僕「好きなくとも2016年度下期は業務でリーダーやれるので、そこでチームビルディングいろいろ挑戦しようと思ってる。あと、チーム内ももちろんだけど、大きいサービスの仕組みを変えるプロジェクトだから、開発、検証、部門が違う開発と関係者が多いプロジェクトだから、そのへんも新しい経験としてわりと前向き。

T「調整作業を肯定的に捉えられるのはすごいな」

僕「技術的には当たり前だけど、それをひとにやらせる、浸透させるのは難しいと感じてるので、そこに挑みたい。言葉を届ける、のくだりも関係してる。」

おわりに

slackでつらつら話した内容を清書しただけの記事ですが、わりといいこと話してると思いました。(結構時間かかりました。)具体的に来年どうするかは、例年通り、(利用するための)目標をあげようと思います。それは別記事で。

お付き合いいただいた同期のT氏、本当にありがとう!

*1:今年した2つの挫折のうちの1つで、社内資格に落ちたこと。自分が優れている点をアピールする必要があり、かなり苦戦した