ツナワタリマイライフ

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「舟を編む」から考える私と言葉と辞書

舟を編む

舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)

出版社で働くどこか抜けているが言葉への感覚に優れた主人公の辞書編集部の物語。辞書がどんな思いで、どんな過程で"編まれて"いくのかが分かる。時間の流れとともに視点も変わるのも面白かった。

辞書と私

辞書という辞書を最後に引いたのはもしかしたら高校時代かもしれない。私は1989年生まれだが、高校時代は既に電子辞書派がクラスの半分以上いた気がする。特にこだわりがあったわけではないが、電子辞書は持たず、紙の辞書を使っていた。

その頃でさえ、電子辞書vs紙の辞書論争はあって、紙の辞書の利点は近くの言葉も目にとまる、という点だった。電子辞書は言うまでもなくレスポンスの速さだろう。

今はスマートフォンで辞書アプリもあって、多くの人が「紙の辞書」なんて必要だとも感じないと思う。私もそうだった。だけどこんな辞書作りへの愛情を魅せつけられちゃあ手に取りたくなる、そのぐらいのお話。

買ってみた

三省堂国語辞典 第七版 小型版

三省堂国語辞典 第七版 小型版

三省堂国語辞典 第7版【小型版】82000語収録だそうだ。

あ・む【編む】(他五) ①糸・竹・針金などを組み合わせる。②文章・歌などを集めて、本にまとめる。編集する。[名]編み。「レースー」[可能]編める

さぁ、「舟を編む」の意味はどちら?

舟を編むというタイトル

とっても素敵。本作で新しく出す辞書が「大渡海」。言葉の海をかけていく船を出そうと、10年以上かけて手がけていく。そして辞書作りにはページ数・文字数の成約がある中で、言葉を言葉で定義していかなければならない。そうして整然と言葉を並べていく様を「編む」と表現したのは見事だと思う。

大渡海という船を編む。これ以上ないよね。

言葉と私

自分が何を使って仕事をしているか、生きているか、お金を稼いでいるかって「言葉」を使ってることに他ならないと最近思いました。そのぐらい身近で大切な、空気のような存在。人類は言葉を生み出した。それが使われてるうちに意味が変わってしまったり無くなったりしながら、言葉と一緒に生きてきた。それだけで言葉を愛しく思えませんか。

さらに辞書の終わりない点は、まさに「言葉を言葉で定義している」点で、完璧な辞書なんて存在しえないし、すべての言葉を(完全に)定義することは不可能。ある言葉を説明する言葉の意味がわからなければまた辞書を引く。それはある1つの言葉に収束していくわけではなく、相互に依存しあっている。この関係って面白くないですか。じゃあ僕らはどこから言葉の意味を知る?ママ?パパ?ブーブー?(車?)飛行機?木?ご飯?

さらに辞書といえば、形態素解析で使われてますね。おっと、形態素解析

形態素」という言葉はこの辞書にはなかったです。残念。

ITよりだし、専門用語になると収録されないんですね。

e-words.jp

まとめ

こういう風にあえて不便な選択肢を取ることをたまにしてみると双方の良し悪しがよく分かって良い。家に辞書があるひとは久しぶりに引いてみてください。利便性ばかりをあえて追求しない時間も必要だと思います。

生きてるうちは言葉を使っていく。作詞なんてもろに言葉を編む作業だ。いろんなひとに触れられて、輝く言葉を編んでいきたい。誰かに届く言葉を編んでいきたいですね。